セミが教えてくれること

夏の暑い盛りに実家に帰ると、早朝からセミの鳴き声で寝ていられなくなる。そんな話を人にすると、「そんなに木が周りに多いの?」と聞かれるが、実家は街中にあるマンションだ。確かに東京の我が家の近所より木は多いが、このうるささは窓を開けていられないほどの大音量で、生まれて初めてその音を耳にした、当時まだ2歳だった息子は「うるしゃーい!」と耳を塞いで道を歩いた。
この鳴き声の主はクマゼミである。私の故郷では子どものころからセミと言えばこのシャアシャアシャアシャア・・・と延々大音量で鳴き続けるクマゼミで、セミが留まる木の下で誰かとばったり会い「あら、お久しぶりね~」となっても、近況報告をし始める前に、「ちょっとあっちへ寄りましょ」と互いの声が聞こえるように場所を変えなくてはならないほどの騒がしさだ。夜になってもこの騒がしさはやまない。

このセミはガタイもでかく、つかまえようとすると「ジャア!!」とも「ギャア!」ともつかないようなとんでもなく激しい声を出して、緑っぽい大きな塊のクマゼミが大暴れし、初めてこれをつかまえようとした人は腰が引けるほど怖がる。何度も経験を積んだ男の子たちは、「こいつ、オシッコひっかけやがった!」などと言って笑い、網をかいくぐって飛び出したクマゼミに頭突きされると「ちょっとビビったわ!」と強がりながら、その恐怖に打ち勝って虫ピンに何匹もクマゼミばかり標本にした。以前流行った「ムシキング」ではないけれど、クマゼミばかりであっても、小柄なアブラゼミやつくつくぼうしを織り交ぜて標本にするより迫力があったのだろう。それに、そもそもアブラゼミもつくつくぼうしもそれほど多くみつけられなかった。

東京に引っ越し、最初の夏に思ったのは「静かだなあ」というものである。ミーンミンミン・・・と聞きようによっては不平を言い募っているかのようなミンミンゼミも、ジー、チーと音の高さを変え、忍耐しているように鳴くニイニイゼミも、風鈴の音に良く合う「これぞニッポンの夏!」というような風情まで感じられて美しかった。
これらは全て、私にはドラマやアニメの中、あるいは時代劇の中でしか聞いたことのないセミの声であったし、特に夕方になってカナカナカナ・・・と鳴く風流なヒグラシの声を初めて耳にした時の感動は忘れられない。思わず足が止まり「これがヒグラシ・・・」と、そのはかなく寂しげな声に全身を耳にして買い物袋を両手にぶらさげたまま目を閉じて聞き入ったのだ。周りの人は立ち尽くす私を見てさぞ不思議に思っただろう。二十歳を過ぎて、人生初の”生ヒグラシ”である。激しくうるさいだけだったセミに、深い情緒が加わった瞬間だった。

しかし、うるさいだけに思われた故郷の夏を騒がせるクマゼミも、お盆を過ぎるころから次第に勢いがなくなり、道端にコロコロと死骸が転がり始める。街路樹が植えられたアスファルトの歩道に足の踏み場もないほど転がるセミの死骸は、生きていた時よりも一回り小さく見え、この一匹一匹があの大音量を出していたんだろうかと信じられないような気持ちになる。辺りはまだ生きている仲間たちがシャアシャアと力強く鳴き続けている中、対照的に道路一面に夥しく転がる無数の死骸はあまりに静かである。長い年月を土の中で過ごし、やっと地上に生まれて、強い日の光のなか力いっぱい毎日鳴き続け、子孫を残して息絶えたクマゼミの死骸は、「あとは車に轢かれようが、人に踏まれようが、排水溝に流されようが我が人生に悔いはなし」とばかりに横たわっている。この潔さに私はいつも敬意を表したい気持ちになる。自分はセミのように人生の目的を果たすことが出来たと満足して、「我が人生に悔いはなし」と力尽きて横たわることが出来るだろうか、と真剣に思うのだ。セミほど身近に私に全力で生きることの美しさを教えてくれる生き物はいない。それも、忘れっぽい私がその気持ちを忘れないように、毎年毎年・・・である。

東京にいても、セミは突然高層階の我が家のベランダにまでやってくることがある。昨日はアブラゼミがやって来て、突然大きな音を立て始めびっくりした。しかし鳴きにくるセミだけでなく、終焉の地を探しているうちに我が家に迷い込んだというセミにベランダで会うこともしばしばある。たった1人で、どんな縁があって我が家のベランダにやって来たんだろうと思うが、だからこそ何かしらメッセージをそのセミから受けているような気がしてくる。故郷の無数のセミの死骸のように、みんな仲間がすぐそばにいる所で自分も息絶えていく方が心強いだろうに・・・と思うと、コンクリートのベランダに1人やって来たセミがとても可哀想に思え、偶然にもここを死に場所にするというなら、せめて土の上で逝かせてやりたい、そう思って私は弱った体を震わせているセミを植木の土の上においてやる。木の種類は違えど、土のにおいは昔を思い出して安心するだろうと。しばらく様子を見守り、完全に息絶えたことを確認すると、近くの植え込みなどの土の下に埋葬してやるのだ。他の虫はともかく、セミだけは私にとって人生の師であり、VIPなのである。

昨日の夜、秋の虫の鳴き声を私は今年初めて聞いた。昼間はセミ、夜はコオロギが鳴く季節なんだね。
もうすぐ9月だ。

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