ものの名前

文房具の名前について、私はほんのちょっとだけ人に「へえ~」と言われることがある。例えばクリップの名前だ。
クリップにはいろんな形がある。針金がぐるぐるっと巻いてあるタイプ、黒くて手でつまむところが二重になっていて折り返すことができるタイプ、がま口みたいなタイプなどである。

へえーっと言われると言っても、実はこの3種類くらいのことで、全然大した話ではない。でも、私が名前で呼ぶとたいていみんな驚く。そしてそうやって何気なく私が使っている間に周りの人も名前を覚えてしまって、それまで「小さいやつ」とか「黒いの」とか「でっかいの」と言われていたしがないクリップが、パリッとした名前で呼ばれるようになっていく。そうすると「そんな大きいのじゃなくて・・・」などという、取ってと頼んだ人と取ってあげた人との行き違いもなくなった。名前とは大事なものだね。

その「小さいやつ」と呼ばれたクリップは、針金でできているオバキューの目みたいな形のクリップのことである。名前は「ゼムクリップ」だ。最近は動物の形とか三角とか丸とかもあるけれど、みんな「ゼムクリップ」だ。

「黒いの」と呼ばれたクリップは、ハンドバックみたいな形をしていて、バッグの取っ手にあたる部分をパチンパチンとプリント側に折り返すと、スペースを取らないし、引っかからないクリップのことである。名前は「ダブルクリップ」だ。うん、ダブルでパチンパチンとやるから覚えやすいよね。

「でっかいやつ」と言われるクリップは、小さいやつも、中くらいなやつもあるけれど、特徴は握るところに丸い大きな穴が開いているということだ。名前は「目玉クリップ」。そりゃ目玉だわな。みんな一発で覚えるし、知らない人も間違いなく正しいクリップを手渡してくれる。

あとは、細長い棒の中にホッチキスやロケット鉛筆みたいに中に替え玉を入れておいて、先端を書類にあてがって指でスライドさせると中から替え玉が出てきて紙を閉じるタイプは連射式クリップと言うらしいが、私は「ガチャック」と呼ぶ。オートというメーカーの登録商標で、例えばMAXなどは同じタイプのものを「デュアルクリップ」と呼ぶが、私は音からして「ガチャック」が一番ガチャックらしい。オートの場合はその替え玉を「ガチャ玉」という。もうぴったりの名前じゃないかしら。

ファイルの名前も結構驚かれる。これもちゃんとした名前でいえば話が早く通じる便利な名前だ。
500枚とか1000枚とかの膨大なプリントを挟む分厚いファイルは2本のパイプ金具を使って閉じるので「パイプ式ファイル」という。メーカーによってチューブファイルとか言ったりするが、パイプで綴じているので「パイプ式ファイル」だ。
2穴式の丸いリングで綴じるファイルは「リングファイル」だし、同じ2穴式のものでもファイルの片面にリングが飛び出せる切れ目が開いているものは「Dリングファイル」だ。2穴タイプでも昔ながらの紙のものは「フラットファイル」というし、穴を開けることなくレバーでバチンと挟み込むタイプのものは「Z式レバーファイル」か「Zファイル」だ。
メーカーによって多少呼び名は違うかもしれないが、穴を開けるファイルなら「パイプ式」「リング式」「Dリング式」「フラット」があり、穴をあけない「Zファイル」、この5種類でほぼ「ご指名」できる。

クリアファイルも同じだ。よく「クリアファイルない?」と聞かれるが、たいてい相手がほしいのは「クリアファイル」ではなく「クリアホルダー」である。プラスチックの単体で、L字型に口が開いていて、横からプリントを挟むものは「クリアホルダー」、写真アルバムのように透明でうすいビニールの袋タイプが本のように閉じられているものは「クリアブックファイル」だ。26穴とか30穴とかのリングが連なっているファイルでそのような袋タイプなら「クリアブックファイルの差し替え式」か「バインダータイプのクリアファイル」などと説明する。
ノートでも、26穴とか開いていてルーズリーフを閉じるタイプは「バインダー」で、ノートでも左端が針金でぐるぐる渦を巻くように閉じているものは「スパイラル」、二重の針金のわっかでパチンパチンと閉じているものは「ツインリング」という、と私は解釈している。

ややこしいといえばややこしいんだが、固有名詞をちゃんと使うと「ご指名」のものがスッと出てくる・・・はずだった。
実は先日、何度探しても、どこへ行っても品切れだったB5のZ式レバーファイルを、子どもに頼まれて探しに行った時の事。大手の文房具売り場で「B5のZファイルは品切れみたいですが、在庫はないでしょうか?」と聞いたところ、若いお兄さんの店員はわからなかった。
「ゼット?バインダーですか?クリアファイルならここですが・・・」と何もかもが完全に混同していた。

私も工具なんてよくわからない。「モンキーレンチ」を「モンキーパンチ」だと思っている人もかつていたが、私も「モンキーペンチ」だと思っていた。男が話す工具とか釣り竿の話なんてさっぱりわからない。かっこいいなあと思っちゃうけどね。
だから、わかっていてもわからなくても何も問題は起こらないんだけど、バインダーがほしいと思っても口では「ファイル」と言っちゃって、相手はファイルと聞いてバインダーをイメージする・・・なんて結果オーライになればいいけれど、ちぐはぐになることのほうが多いし、そうなるともう、なかなかお目当てのものが出てこない。そのまどろっこしさに私自身かなり長い間まいっていたので、ため息ついちゃうくらいなら、いっそ覚えてしまおうと、一時期そうやってファイルを覚えたことがあったのだ。

最近、あれ、それ、これ、と言い始めている自分がいる。できるだけ正式に近い固有名詞で言うことをボケ防止にしようと努力中だ。大きいフライパンではなく「中華鍋」、小さい鍋じゃなく「片手鍋」か「ミルクパン」、そこの鍋じゃなく「両手鍋」という感じだ。
そんな地道な努力から始めないと、そろそろ危ない私である。夫も少々怪しい・・・。

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