春の味覚 釜揚げしらす

優しい味、というとどんなものがあるかしら。

おかあさん
なあに?
おかあさんっていい匂い
洗濯していた匂いでしょ、シャボンの泡の匂いでしょ

おかあさん
なあに?
おかあさんっていい匂い
お料理していた匂いでしょ、玉子焼きの匂いでしょ

童謡「おかあさん」である。
この歌はお母さんと子どもの何気ない会話で成り立っているが、このシンプルな歌がどうしてこんなに胸が締め付けられるほど懐かしく思えるんだろう。子どもが「おかあさん」って呼ぶと「なあに?」と返事する、そんな光景だけでも素敵な歌なのに、子どもは「おかあさんっていい匂い」なんて言うのだ。もう、涙がでちゃう歌でしょ。絶対の信頼を寄せている子どもの口から出る「おかあさん、大好き」というメッセージなのだから。

2番の歌詞、おかあさんは玉子焼きを作っていたのかもしれないけど、これが「唐揚げの匂い」とか「さんまの焼いてる匂い」とかじゃないところは詩だよね。

本当に玉子焼きの匂いかどうかはともかく、黄色くて甘くてふんわりしている食べ物って幸せな感じがする。「ぐりとぐら」のカステラだって、「ちびくろサンボ」のバターやホットケーキだって、「しろくまちゃんのほっとけーき」だって、みんなみんな黄色くて、幸せな食べ物の描写になっている。
息子はいつも「ぐりとぐら」のカステラのページで、必ず絵本からカステラを口いっぱいにして食べた。そして、もみじのような小さな両手で自分のほっぺたに手をポンポンとあてて、「おいちい」とニコニコした。卵アレルギーで玉子が食べられなかったのに、黄色い食べ物、ふわふわした食べ物、それだけで息子は「おいちい」と表現したのだ。もちろん、私が「おいしいね・・・」と食べて見せたからなんだが、それだけではないと私は思っている。見開きのページで大きく描かれた黄色い食べ物、それ自体が本能的に幸せの味だったんだろうと思うのだ。
それと同じで、お弁当に入っている黄色い玉子焼きはお母さんそのものだろうし、本能的に優しくて懐かしい味につながるんだろうと感じる。

優しい味、というと私は玉子焼きの他に、釜揚げしらすを思い出す。ふんわりとした美味しい釜揚げしらすだった。どこで買ったしらすだったかはわかっているが、なぜその釜揚げしらすが懐かしくなるのかはわからない。忘れているだけで、私が懐かしいと感じる光景やエピソードがどこかにあるのだろう。
しかし7,8年ほど前になるだろうか、その懐かしい味の釜揚げしらすにまた出会った。紀州の中善商店さんだ。「あ、あの味だ」とすぐに思い起こす味だったが、同じお店の物ではない。でも「同じ」だった。ふわっふわで、少しもしらすの個体を感じないくらいの柔らかさとしっとりさに加えて、優しい絶妙な塩加減。漁をしてすぐに釜揚げしたばかりの釜揚げしらす、ということが共通点のようだった。

この「紀州釜あげしらす老舗 中善商店」さんの釜揚げしらすは、木の箱に入って余分な湿気は紙と木に吸わせたかのような、とにかく極上の釜揚げしらすだ。食べてみればわかるが、スーパーのしらすとはまるっきり違う。「優しい味」としか言えない、自分の表現力が無さがもどかしいが、本当にそうとしか言えない。
毎年、春のしらす漁が始まるのを私は心待ちにし、漁が始まるとすぐに注文する。今年も4月上旬から漁が始まった。母が生きていたころ、私はこの春の釜揚げしらすを必ず送った。しらすが大好きだった母は「懐かしい味」とやはり表現し、元気になれそうと言って美味しく食べてくれた。お使い物にもさせてもらっているが、差し上げた人はあまりに美味しいからと中善さんの顧客になった人もいたし、私が送るのを楽しみにしてくれている人もいる。我が家ではタケノコと中善さんの釜揚げしらすが春の味覚で、これがなければ春にはなれないくらいだ。

私は木の箱を開けると、まず手でつまんでちょっと食べる。「うわっ美味しい!」と御飯の時間まで待ちきれなくなる。また、ちょこっとつまんで「あー、もう私だけ先にご飯食べちゃおっかなぁ・・・」と思う。そして御飯の時間になると、この釜揚げしらすをアツアツの炊きたてのご飯の上にこんもりと載せて、はふはふ言いながらそのままいただく。「しらす、ふおっふおっ・・・」と言葉にならないことを言って、炊きたてのご飯をてんこ盛り食べてしまう。幸せな時間だ。
次の日はちょっと酢を垂らしていただく。それも美味しい。誰かとめて、と思うくらい、ご飯はすすむよ、どこまでも・・・だ。
子どものお弁当には、しらすとシソを加えた玉子焼きになったりする。シソ入りの玉子焼きって変でしょうか?甘い玉子焼きに、一枚のままのシソを玉子に巻き込んでいくのだが、美味しいんだよね。この卵液の中に釜揚げしらすを入れて作った「しらすとシソの玉子焼き」である。鬼に金棒のマッチングである。

日本は旬の食べ物がはっきりあって本当にいい恵まれている国だと思う。ホタルイカ、さくらエビ、カツオ、タケノコ、ソラマメ・・・和食が最高に美味しい季節だ。
旬の食べ物ってどれも優しい味がするね。列挙してみてそう思った。優しい味の旬の食べ物は体にも優しい、それは偶然?

今日はまさに旬の食べ物をつくる「準備」をする予定でいる。明日食べるもの、そう「ちまき」である。
数日前、近所のデパートの和菓子屋にリサーチした。「ちまき、置きますか?」と。
一店舗だけ4日と5日の二日間だけ販売すると言われたが、どんなちまきか聞いてみると水仙ちまきと黒糖ちまきだった。当然ダメだ。他の店は全て「扱いません」とのお返事。
覚悟はしていた。毎年のことだもんね。でも、そろそろ考え直してもいいんじゃないかと思ったのだが、こと「ちまき」に関しては期待はしない方がいい。

ということで、昨夜NHKの「グレーテルのかまど」でやっていたレシピ通りに明日は朝から「ういろうちまき」をつくる。
今日は材料集めだ。笹の葉もいぐさも扱っている所は知っている。
人生初のちまきづくりだ。これがなくては春ではないし、端午の節句には絶対になくてはならない大切な大切なちまき。失敗は許されない。
それにしても「これがなくっちゃ春がこない」という春の食べ物が多すぎる・・・。食いしん坊、ってことね。

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