心のふるさと

新緑の頃。長野県松本市から走るJR大糸線に乗って穂高駅で降りる。美しい北アルプスの山々とさわやかな空気に包まれたこの駅に降り立つと、いつも私は「帰ってきた…」と思う。

ここ安曇野は私のふるさとではない。しかしそれでも、この土地を訪れるたびに涙がこぼれるような懐かしさを感じる。昔どこかで見たような景色、どこかで嗅いだようなにおい…と胸いっぱい新鮮な空気を吸い込むが、実際のところ私の故郷と環境は全く違う。

私の故郷は、山が見える田舎という点は同じでも、そこは海がすぐ近くにあり、海に流れ込むゆったりしたとした川がある。湿り気のある暖かい海の風と冷たい川の風が混ざり合うそこは、安曇野とは景色はもちろんのこと、においも、空気の重さも異なる。
なのにどうして私はこんなにも、胸がしめつけられるような懐かしさを安曇野に感じるのだろう。都会生まれの都会育ちで、おじいちゃんやおばあちゃんの家も都会にあるという人もここへ来ると「懐かしい」といいますよ、と穂高の駅前でレンタサイクルをしている「ひつじや」さんはおっしゃっていた。日本の原風景、とか心の原風景、と言われる所以だろう。

自分の生まれ育ったところや、親戚、おじいちゃんおばあちゃんの家というのはふつう、よい思い出はもちろん、あまり思い出したくないような思い出があっても「それでもやっぱり懐かしい場所」となるだろう。だが、その懐かしい場所は当然みんなバラバラだ。
漫画「いつもポケットにショパン」の主人公の自宅は東京の代官山だった。渋谷駅から東急東横線でたった一駅目、おしゃれなで都会的な町だ。カエルの大合唱が夜通し聞こえる田舎の家で、私はベッドに寝そべりながら「代官山・・・」と都会的でリッチな響きに浸り、東京のど真ん中の洋風な家に住む自分の姿を夢想した。
ドラマ「ホタルノヒカリ」で、ぶちょー(部長)が以前住んでいたという昔ながらの縁側のある日本家屋も、おしゃれな都会の通りから一本入った静かな住宅街にあった。
漫画やドラマだけでなく、現実に昔から都心を故郷として暮らしている人は当然いるんだろうけれど、田んぼを見ながら学校に通っていた私にはあまりに別世界で、その人がどんなふうに暮らしてきたのか想像することができない。「東京生まれの東京育ち」というだけで十分眩しいそういう人は、表参道や自由が丘が懐かしい場所となるのだろうか。
しかし、そんな素敵なところが故郷という人でも、きっと心のふるさとだけは田舎で育った私と同じ、安曇野のような所を思い描くんじゃないだろうか。だから、ひつじやさんのおっしゃったように「懐かしい」という言葉がその人たちの口からこぼれるのではないかと思うのだ。
都会が故郷である人が本当のところ、どんな場所を心のふるさとを描くかはわからないが、海や川のにおいが懐かしい私が、なぜ山と川の安曇野に懐かしさを感じるのか、自分自身について少し考えてみた。

山あいの町に住んだことがない私にとって、安曇野の景色は「昔どこかでみたような景色」ではないはずなのに、涙までこぼれそうになるのは確かに変だ。山が好きで田園風景が好きなんだとしても、ドイツやオーストリアを旅行した時、飽きるほど山も見たし川ものどかな田園風景もみたけれど、涙がこぼれそうにはならなかった。ヨーロッパの田園風景は本当に絵のように美しい風景だった。夢中になって何枚も写真を撮ったけど、その時も、今振り返っても、私にとってはただの「美しい景色」であって、何度も無性に見たくなる景色とはなぜかならなかった。なじみのないヨーロッパの町並みの景色ならわかる。しかし、空気の違いや植物の違いはあっても、目を見張るような美しい自然と田園風景なのに、「一回見たからもう十分」と数日間の旅で私は満足してしまった。

それに比べて安曇野はどうだろう。
初めのうちはたくさん用意されている体験コースに参加して、そば打ちをしたり、おやきをつくったり、草木染めをしたり、ガラス工芸を楽しんだり、馬に乗ったりして過ごした。でも3回目くらいになると美術館をのぞいたりラフティングを楽しむ他は、特に何もしなくなった。ただ五感を研ぎ澄ませて自然の景色や音や匂いに浸った。山頂に雪の残る北アルプスの山々が、水鏡となった田んぼに映り込む景色にみとれたり、水車のまわる音を聞きながら水草の揺れる清らかな万水川の流れをただぼーっと眺めたり、それだけで安曇野は十分すぎるほど美しく、心が清められた。

安曇野の自然は本当に美しく豊かだが、決して特別な感じのするものではない。例えば、白川郷のように合掌造りの集落があって、こきりこ節が山々から聞こえてきそうな「これぞ日本の魂!」というようなところではない。
目に映る景色は青い北アルプスの山や川、緑の田んぼ、澄んだ高い空、そして風をとらえて悠然と飛ぶトンビやタカの姿である。たまに通る車やトラクターの音の他に耳に聞こえる景色といえば、早い流れの川の涼しげな音や、水路を流れる雪解けの水の音、稲が風にそよぐ音、鳥のさえずる声やすぐ耳の近くをぶ~んと音をたてる蜂の羽音だ。鼻ではあぜ道に咲く季節の草花、土の匂い、山や川を渡る風の匂いを感じ、皮膚は、ほのぼのと暖かい日差しとさわやかな空気で景色を感じる。そのすべてが琴線に触れるのだ。

そんな穏やかな自然の中に身を置いて目を閉じると、自分が子どもだった頃を思い出す。どこで、何をしたかなんて覚えていないし、頭の中に映像として見えてはこない。
だが、隣にはおぼろげに母の存在が感じられる。母と私は何を話しているのだろう、声は聞こえない。でも、限りなく優しい気持ちに包まれて、心がじんわり温かくなる。
五感をフルに使っていると、まるで連想ゲームのように何かがふっと頭に思い浮かぶ。その浮かんだものを少しずつ、糸が途切れないよう、そっとたぐり寄せていくと、そこにはいつも必ず母が現れた。

しかし、田舎で育った私だから、五感で感じる自然に母を思い出すのかもしれない。都会に住んでいる人も、あるいは外国に住んでいる日本人であっても「日本の原風景」「日本人の心の風景」になるには、何か大きな共通点があるのではないかしら。
ヨーロッパではなく日本の山、川、水の流れる音、鳥の声、温かい太陽の光が日本人に共通して思い出させるもの…。
そしてふっとひとつのことが浮かんだ。

むかし、むかし。あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました…。

どの日本の昔ばなしも、たいていこんな風に始まる。桃太郎でも一寸法師でも、かさじぞうでもかぐや姫でも。
小さい頃から何度も何度も、山と川が描かれた自然豊かなさし絵を見ながら、私は母に絵本を読んでもらってきた。
市原悦子さんの「日本昔ばなし」も本当に大好きだった。「坊や~良い子だ、ねんねしな~」で始まる歌を聞いただけで、布団にもぐりこんだような温かくて心地よい気持ちになり、眠たくなるほどだった。
この心地よさは私の場合、日本の昔ばなしだけだ。「シンデレラ」も「マッチ売りの少女」も「人魚姫」も、「ヘンゼルとグレーテル」や「みにくいアヒルの子」だって読んでもらったはずだが、日本の昔ばなしのような心落ち着くお話はあったかしら?

本当はちょっと残酷な結末のお話でも、平和に解決させて子どもに安心を与えるのが、日本の子どもに聞かせる昔ばなしのほとんどだ。
外国のお話では「めでたし、めでたし!」で終わるものもあるが、「マッチ売りの少女」や「人形姫」「幸せの王子」など、悲しいものは悲しいまま、オオカミがでたぞ~!で有名なイソップ寓話など戒めを伝えるお話では、残酷なものは残酷なままに聞かせるものが多い気がする。
日本の昔ばなしにも勿論怖いものだってあるにはあるが、小さな子どもに読んで聞かせる昔ばなしにはちゃんと救いが用意されていて、「坊や~良い子だ、ねんねしな~」と言える安心感がある。怪談ものでもない限り、夜寝る前に読んでもらったせいで、小さな子どもが怖くて寝られなくなるような気持ちになるお話はあまりないのではないだろうか。

日本のそんな優しい昔ばなしを「むかーし、むかし…」と何度も何度も読んでもらいながら子どもは育つ。そしてその絵本に添えられたパステルカラーの野山のさし絵を食い入るように見つめて物語の世界に入り込む。こんな経験の積み重ねによって、絵本のさし絵が「日本の原風景」として、心地よさとセットで記憶に刷り込まれたのではないかと思うのだ。それは絵本を手に取った子どもなら、たとえ田舎の景色になじみのない都会の子どもの場合でもきっと同じだろう。たとえ外国に住んでいたとしてもだ。きっと何度も見たさし絵はお話とともに、想像の翼によって子どもの心を遠い日本へ運び、日本の原景色として記憶されていくのではないだろうか。
そしてそれが自分が最も愛する人の声で、最も安心を感じる人のそばで幼少期に読んでもらった記憶とスキンシップの心地よい記憶が、大人になって安曇野を訪れた人に、胸が締め付けられるような「懐かしさ」を感じさせ、単なる「日本の原風景」から「日本人の心の原風景」に育つのではないかと感じるのだ。

うさぎ追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川…で始まる「ふるさと」に代表されるように、日本の唱歌も絵本と同様「日本人の原風景」を作り上げるもののひとつだろう。
唱歌は小学生の時にたくさん歌った。今では歌われない歌も多いだろう。その当時はピンクレディやキャンディーズの方が楽しくて、音楽の授業で歌うだけの唱歌に何の思い入れも感じなかったが、今となっては、ただもう懐かしさのこみ上げる歌ばかりである。
この「ふるさと」にしてもそうだ。年をとればとるほど、歌う人も聞く人も胸に熱いものがこみ上げてくる歌である。少ない言葉とシンプルなメロディーで作られているが、だからこそ誰の心にも懐かしい景色や愛する人の顔がうかび、行間からさまざまな思いがあふれ出す心の歌となるのだろう。

日本人でも外国人でも、みんな自分の国に自分の故郷があり、その風景を心の中で大切に温めながら生きている。それはきっと、故郷に幼少期のあたたかい思い出が詰まっているからだ。
私もそうだが、さまざまな理由から故郷を離れ、別の土地で暮らしている人も多いだろう。だがきっと故郷は「夢は今も巡りて忘れがたきふるさと」であり、「雨に風につけても思い出づるふるさと」に違いない。
そして、いつかは「山は青きふるさと、水は清きふるさと」へ帰りたいと思っているのではないだろうか。

故郷は絵本のさし絵や唱歌のような景色であってもなくても関係ないし、国境さえ関係ない。それはおそらく、帰る場所は故郷より先にある「母」だからだ。「母」とは「自分を愛し、自分の魂を育ててくれた人」のことであり「愛」そのものが故郷になるのだと感じる。

ヘルマン・ヘッセは「知と愛」の中で、死の床にいるゴルトムントに知に生きる友へ語らせている。
「君は母を持たないとしたら、いつかいったいどうして死ぬつもりだろう?母がなくては、愛することはできない。母がなくては、死ぬことはできない」と。

心の原風景となる核は一番身近なところにあるように思う。私が感じる安曇野の懐かしさとはたぶん自分の心の核、今は亡き「母の愛」である。

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