フライトレーダー24  私もあなたもパイロット!

我が家は東京郊外のマンション上層階にある。近隣は建物がそれほど高くはないので、高層ではないにも関わらず、空の視界はほぼ180度だ。
天気の移り変わりもよくわかる。川崎の方で雨が降っているのも、町田の方で雷が落ちるのもはっきりと見えるし、北西から黒い雲が激しい動きを見せながら東へちぎれちぎれに飛んでいき、次第に空全体が真っ暗になって豪雨となる夏の空も見ることができる。
虹もしょっちゅうだ。雨上がりの夕方に我が家のすぐ近くから巨大な虹の橋がかかった時は、マンションの南のベランダから北の非常階段まで何度も往復し、虹の立ち上がりから消える瞬間までを見届けたこともある。雷の夜は東はたぶん初台あたりから、西は相模原の方まで、雷があちこちで矢継ぎ早に落ちたり、龍のように稲妻が横へ走る光景を、飽きることなくただ茫然と眺めて時間を過ごしたりもする。空が大好きな私はますます好きになって、四季折々に変化する空を眺められる我が家のベランダがかなり、かなり好きだ。

春や夏の生温かい夜、ビール片手にふらっとベランダに出て空を見るのは、私の最高の癒しの時となる。風流に縁台なんて置いて、夏はビアガーデンさながらに枝豆でもつまみながら・・・といきたいところだが、そんなスペースは全くない、ごくありふれたマンションの狭い狭いベランダだ。しかし、よく晴れた日は、南東から羽田空港を離陸した飛行機が南西へ飛んでいくのが見える。よく目を凝らせば、羽田から北へ進路をとって飛ぶ飛行機も、ぎりぎり確認できる。我が家から見える範囲の空はすべてアメリカ軍の横田の管制を受けている空域なので高度が非常に高く、飛行機自体はあまり見えない。午前中は飛行機雲で、夜は赤い点滅する飛行機の光だけで、その存在を確認できるだけだ。しかしそれでも、北へ飛ぶ飛行機を見れば「秋田の方へいくのかなあ、それともヨーロッパ航路かなあ」とか、相模原の方へ飛んで富士山の静岡県側へ向かう飛行機を見れば「九州の方へいくのかなあ」とか、ごくごくたまに富士山の山梨県側を飛んでいく飛行機を見ると「大阪の方へいくのかなあ」と思ったりする。乗客はもう今頃シートベルトを外して動けるのかなあ・・・とか、そろそろ機内食の準備に乗員は忙しいころなのかなあ・・・などど機内の様子を想像し、ビールを飲みながら点滅する明かりが見えなくなるまでいつまでも見送っている。

しかし飛行機はかなり過密スケジュールで飛んでいるんだね。羽田からターンして直線に飛び始めてしばらくすると、すぐ次の飛行機がもう後に続いて同じような場所を飛び始める。相模原の方に一機、川崎の方に一機、そして羽田から飛び立って間もない飛行機など、三機、時には四機も、私の見える範囲内に赤い点滅をして飛んでいるなんていう時間帯もある。ラッシュアワーなんだろうね。そんなに飛行機の便が多いなんて、このマンションに越してくるまで知らなかった。昼間のバスよりずっと短い間隔でやってくるのだから、ちょっとびっくりである。

もともと地理が好きで、地図を眺めるのが「セブンティーン」を読むよりはるかに好きな中高校生だったのと、赤毛のアンばりに夢想することが好きな私は、今も地図と点滅する飛行機さえあれば、どれだけ時が経ったかわからないくらいベランダで過ごしてしまうし、ジェットストリームなどヘッドフォンで聞きながらだったりすると、幽体離脱したみたいになって、ベランダにいる自分が空から見えるような感じまでしてくる。空が飛べるような気持ちになり、ふわふわしてくる。我が家のベランダがフェンスタイプではなくて本当に良かった。事故もなくいられるのは、花台付の70センチもある分厚い塀のおかげだろう。

夫は仕事柄、海外出張が多い。最近は中国や東南アジアがほとんどで、ANAやJALを利用する。しかし時にはタイ航空や、上海航空、ガルーダ、フィンエアーなど海外の航空会社のお世話になることもあって、飛行機好きの私としてはちょっとうらやましい。長いフライトは大変だし、地上にいる私が気をもんでもどうにもならないが、どこを飛んでいるのかはやはり興味がある。地上にいる夫を追い回したことはないが、飛行機に乗った時だけは完全にストーカーになる。

フライトレーダー24というウェブサイトとスマホへのアプリがある。今現在飛行中の民間機の位置情報をリアルタイムで地図上に表示するサービスだ。
本来は航空管制官やパイロットしか知ることのなかった航空機の位置情報や飛行経路を、私のような一般人でも知ることができるという、飛行機好きな人なら狂喜せんばかりのサービスだ。

私がこれを知ったのは確か3年ほど前だった気がする。すぐに無料でダウンロードした。有料のものもあるが、あまり凄すぎるとハマりすぎて生活に支障をきたすので、我慢して無料版だけにしている。
とにかくこのアプリはすごい。本当にすごい。今この瞬間、どこで、どの飛行機が、どこに向かって飛んでいるのか、24時間レーダーで追跡しているのだ。
地図には無数の黄色い飛行機が塊のように映される。それを拡大していくと、その飛行機が個別にみえるようになり、まるで小さな虫が動くみたいなスピードでじわじわと全てが動きだす。今現在のそれぞれの飛行機の動きだ。その飛行機の一機をクリックすると、黄色い飛行機表示が赤い表示となって、それが今どこを飛んでいるのか表示されるのだ。

この位置の正確さは見事である。例えばたった今、私の家の近くに飛んできそうな飛行機をアプリから見つけた。羽田を飛び立ったばかりで、少し内陸を飛んでいきそうなルートなので、もしかしたら機体が見えるかもしれない。すぐさまスマホを持ってベランダへ出てみるが、お天気はいいものの薄雲がかかっていてよく見えない。しかし、アプリによるともうすぐ近くを飛ぶことになっている。と思ったその時、飛行機のかすかな轟音がすぐ近くの高い空で聞こえ始めた。
「あ、来た!」とアプリと見比べつつ、空に目を凝らして飛行機を探すと、雲の隙間から太陽に照らされて銀色に光り輝く飛行機を見つけた。視力0.4の近眼ではあるが、そこは飛行機好きゆえの集光力である。点にしか見えない、点にも見えないほどの銀の輝きは ANA249 羽田発福岡空港行きだ。あっという間に西へ飛んで行き、今しがたアプリを見てみると、現在は名古屋上空を通過したところである。有料版ではないので別のサイトを検索すると、現在359ノットで4万フィートを飛んでいるということもわかる。飛行機に興味があまりない人には申し訳ないが、これは楽しい。オタクだとわかっているが、楽しい。

こんな風に、自分の近くを飛ぶ飛行機を見つけたらアプリを開いて、それがどこの飛行機かわかって楽しい・・・というだけでなく、私の場合は夫が乗った飛行機がどういうルートを飛んでいるのか、検索して追いかけるのが楽しくもあり、心配の解消にもなる。
空港をクローズアップしてみていると、飛行機が離陸するところも、着陸するところもはっきりわかる。滑走路がどうなっているか、どこに飛行機が待機して、どこをどう動いて離陸の滑走路に入るのかまでわかるのだ。「はい順番、順番!」と行列をなして、離陸の滑走路へ入る番を待っている姿はかわいい。そして自分の番がやってくると、管制とのやりとりなのか、エンジンをふかしているのか、しばらく息を整えるみたいに待つと、全速力で滑走路を走り出すのも見える。飛行機のマークの動くスピードが全く違うのでわかるのだ。どう?面白いでしょう。

以前、夫が出張から帰国して成田空港へ着陸するときのことだった。いつものように、時々アプリで成田空港近辺をのぞきながら作業をしていたら、夫が着陸する20分ほど前、ある飛行機が滑走路に入ってこようとして、その一歩寸前で逸れて滑走路を斜めに横切った。「ええっ、事故?」と真っ青になったが、その飛行機は止まることなく更にすすんで、九十九里浜から太平洋へ出て、茨城の霞ケ浦までUターンした。アプリが壊れたと思ったが、そのあとも成田空港へ着陸しようと侵入してくる飛行機はみな同じように、滑走路直前で左に進路を切り、滑走路上空を横切って海へ出てしまうのだ。
何がおこったんだろう、と心配していると、夫の乗ったJALが成田空港へ侵入する番になった。「大丈夫かなあ・・・」と本当に心配して、仕事も手に着かずにアプリを見ていると、やっぱり滑走路直前で大きく左にそれて房総半島沖へ出て行ってしまった。PCで成田空港を調べてみると、成田空港上空が強風のため到着が遅れています、とあった。着陸する飛行機がそんなことをしている間も離陸する飛行機は飛んでいたのだが、しばらくすると離陸もやめ、成田空港は飛行機が来ては去り、来ては去りの繰り返しとなった。

いったん諦めて太平洋に出た飛行機も、霞ケ浦あたりでターンして再度侵入を試みるが、何度やっても逸れていく。夫の飛行機も三回チャレンジして諦めて海へ出ていった。もう房総半島沖あいと霞ケ浦辺りは飛行機でいっぱいになり、みんなぐるぐる回り続けている。ニアミス事故にでもなりはしないかと心配になるほどだ。
夫の飛行機も三回目の失敗の後、もう成田に着陸するのをあきらめたのか、どんどん北上していった。「あー今日は帰りが遅くなるなあ。新幹線で帰ってきちゃったりして・・・」などと思っていたら、福島の白河あたりでUターンしはじめた。「あ、もう一回チャレンジするんだね!」とそれはもう祈るような気持でJALを見守った。少し風もおさまり出したのか、着陸できた便もあれば、できなかった便もある、まだそんな成田空港だったが、夫の飛行機は四回目、無事に着陸を果たした。やれやれである。「はあ~」と思わず長いため息をつき、一人拍手までしたほどだ。「機長さん、ありがとう!」だった。「すごいよ、機長さん!」「頑張ったね、機長さん!」だった。

それから数分後、「やっと着いた~。着陸のやり直しを3回もやって4回目にやっと着陸できた・・・」と夫からラインが来た。乗っている本人は飛行機がどう飛んでいたかなんてわからないだろうが、アプリで一部始終を見ていた私は帰宅した夫に、他の飛行機もみんな同じだったこと、どこまで飛んで行って最後のチャレンジをしたか、まるで自分が操縦していたかのように話してあげた。飛行機に乗り慣れている夫も、こんなにやり直したのは初めてだったらしい。

暇なときは、このアプリにグーグルアースまで動員することもある。この重ね使いはまさにパイロット気分になって一層楽しい。しかし私は、このグーグルアースを使うようになってから、楽しむだけでなく、ものの感じ方が自分の中で変わったように思う。言葉にすると当たり前の事であるのだが、私の中では小さな変化ではない。
夫の飛行機が青い海を飛んでいる時、東南アジアのジャングルの上を飛んでいる時、寒そうなシベリアを飛んでいる時、ベルリンの真上を飛んでいる時、中東地域を飛んでいる時、いろんなことを考える。「美しいなあ」という気持ちだけではない。それはアポロ11号の3人のうち、月面着陸をしなかったマイケル・コリンズの言葉どおりの気持ちだ。

「世界の指導者がはるか上空から自分たちの星をみたら、彼らの態度も根本から変わるはずだ。何よりも重視している国境は見えないし、言い争いもぱったり聞こえなくなる。地球は見える姿の通りにならなければならない。共産主義も資本主義もない、青と白の世界に・・・」

つい先日、イタリアへ渡ろうとした難民が乗ったリビアからの密航船が大型船に移ろうとして沈没したというニュースを聞いた。500人以上の人が亡くなったとも言われている。グーグルアースをよく見る私は、聞いたことのない名前の町を拡大して見るのが好きだ。宇宙から見た写真では川と山と緑しか見えないが、どんどんズームアップしていくと思いのほか大きな町が現れ、ストリートビューにすれば、そこで暮らす人々の生活まで見える。たとえ小さくても綺麗に整った町が現れたり、放牧をしている農地が見えるときもある。国境があっても、領空があっても、領海があっても、自分と同じように呼吸し、ご飯を食べて、眠って人が生きているということ、歴史を作っている町があることを、言葉ではなく目で理解することができる。世界中どんな山合いにも人の暮らす町がある。これは当たり前のことながら、素直に感動する事実だ。

こうやって空から人の暮らしぶりを見ると、今のシリア難民も「違う世界の人」ではなく、「同じ世界の人」という見方が以前よりすっとできるようになった。宇宙からでなくても、パイロットはコリンズと同じことを空から思うのではないだろうか。

私はパイロットにはなれないが、フライトレーダー24とグーグルアースでパイロットとなり、楽しい空想の旅をしながら、世界の平和な暮らしを願う。

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