スズランの日

「ジューンブライド」という響きに憧れを持たない女性はいないだろう。言葉の響きも美しい。マーチブライド、エイプリルブライド、メイブライド・・・やはり「ジューンブライド」ほど美しい響きはない気がする。かくいう私は「ノベンバーブライド」。季節は美しいのに地味な響きだなあ。

日本の6月は梅雨の時期のため、「ジューンブライドの花嫁」にどうしてもなりたい女性は、雨が降る高い確率を覚悟しなければならない。しかし本場ヨーロッパの、たとえばパリでは、6月は日本の5月くらいの気温で降水量も日本の3分の1くらい、とさわやかな季節だ。新緑がウェディングドレスに映えて花嫁を最高に輝かせてくれる結婚シーズンだろう。5月をジューンと名付けてくれたらよかったのにね。

日本だって5月ならパリの花嫁にも負けてない。日本のこの頃の新緑は色も感触も風もやわらかいから、教会でも神社でも最高に美しい結婚式になるもの。
そして5月は私の愛してやまないスズランの季節だ。白い鈴のような形の清楚な花で、香りが素晴らしい。日本では「君影草」とか「谷間の姫百合」なんておしとやかな名前がつくくらい、緑の葉の中にひっそりと隠れるように咲く姿は可憐で素敵だ。

このスズラン、フランスではスズランを贈られた人には幸せが訪れるといういわれがあって、5月1日に友達や家族など愛する人に贈る慣習がある。HPで調べてみると、スズランは寒い地方にとっては春の訪れであり、聖母マリアの象徴ともなっている花ということから、花言葉は「再び幸せが訪れる」「純潔」「純粋」などとされているようだ。つまり「幸福の花」のスズランは花嫁にふさわしい花だとして、欧米では花嫁に贈ったりするそうだ。

   

私がこの慣習について知ったのはもう25年ほど前だ。ふらっと入った小さな花屋さんに教えてもらった。
私がいつからスズランが好きだったのか、いつどんな風にスズランを知ったのかわからない。とにかくスズランが欲しくても手に入らず、口を開けばスズランスズランと言っていたのを聞いて、父がある日「北海道のスズランだ」と言って家に大きな鉢植えを持って帰ってきてくれた。小学校4年生だったと思う。ミズゴケが鉢一面に敷き詰められ、その中からつんつんと芽のようなものが出ているだけの地味な鉢で、こんな切り干し大根みたいなものいらない、とミズゴケを剥いで捨てようとしたら「これがないとスズランは元気に育たないぞ」と言われた。

スズランはその切り干し大根のおかげか元気に育ち、沢山の葉と花をつけた。白くてかわいいベルが並んでついていて、ちょんと触ると音が鳴りそうに震えた。かわいくってかわいくって大喜びだったが、この素晴らしいスズランの香りをかごうとすると、湿った切り干し大根のせいで絵の具の筆をゆすいだ後の水のようなにおいも一緒にする。私は「もう育ったんだから切り干しは要らないね」と判断してミズゴケだけ捨ててしまった。そのせいだろうか、翌年は葉ばかりが生い茂って花は咲かず、スズランの鉢植えは5年生の引っ越しのとき捨てられた。

その後も何回となくスズランを買っては挑戦を繰り返してきたが、翌年はいつも花がつかないので、ついに育てることはあきらめてしまった。しかし、やっぱりその季節になるとそわそわして、鉢植えを扱う花屋さんをのぞいては「ここ、売ってない・・・」とがっかりしたりしていた。
ところが仕事を始めたばかりの頃、花屋さんでスズランの切り花を小さなブーケにして売っているのを見つけた。スズランのブーケだなんて・・・とすごく驚いた。なぜって、スズランの丈はとても低く、花茎なんて西洋タンポポより小さいくらいなのだから。幼稚園児の手で持つくらいの小さなブーケを見て、どうして鉢植えで売らないんだろう、なんでわざわざ小さなブーケにするんだろう、そう思って花屋さんに聞いたのだ。そしてそこで先程のフランスの慣習を聞いたのである。

話をしてくれたのはちょっと白髪交じりの口ひげを生やしたダンディなご主人だった。通りすがりの私の質問にも丁寧にフランスの話をしてくれたのだが、スズランが好きで好きでたまらないと私がいうと「僕もですよ、スズランを見るとここを通る人みんなに贈りたくなります」とにっこり笑った。もうそれから私の中では、スズランの香りと、たたずまいと、フランスの慣習と、新緑と、この中年のダンディなご主人の声と笑顔が全てセットになって、スズランの素敵度と好き度が5倍くらい上がった。フランスって素敵だなあ、フランス女性ていいなあ、フランスに生まれたかったなあ・・・と惚れ込んだのである。

4月中旬くらいから5月中旬くらいに咲く花だそうだが、我が家の近くの青山フラワーマーケットでは4月のおわりになるとこの小さなスズランのブーケが売られる。ブーケスタイルはそれほど昔から並べ始めたのではない、とお店の人は言っていた。スズランは花がきれいな時期は短いし、切り花はさらに持たないからだそうだ。確かに鉢植えでも、花が咲いてから1週間もすると少しずつ花はシワシワになって来て、次第に薄い茶色になって枯れてしまう。しかし、決して花期の長い花ではないけれど、ふっと顔を寄せてその素晴らしい香りを嗅ぐとみんなふわっと笑顔になる、まさに「幸せをもたらす花」「愛の花」だ。

5月1日はたった1日だけだが、これほど花言葉の美しい可憐な花を1日だけの花にするなんてもったいない。ハロウィンや節分の恵方巻が全国に広がったように、このスズランの季節こそ「ホワイトデー」にしてスズランの花を贈りあったら素敵じゃない?恋人どうしでも夫婦の間でも友達どうしでも。イギリスのウィリアム王子とキャサリン妃もウェディングにスズランを使ったそうだから。

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