世界中にキッチン用品ブランドはどのくらいあるのだろう。昔から各国にはそれぞれ名門キッチンブランド、老舗ブランドがあっただろうが、インターネットによってそれこそ星の数ほどの海外ブランドの品々が簡単に見られるようになると、皮むき器ひとつとってみても、日本の一般的なものとの形状の違いから、その国の料理、台所の様子が見えてくる。それもキッチングッズを見る楽しさのひとつだ。
私にとってキッチン用品ブランドとの最初の出会いは、アメリカのタッパーウエアである。「タッパーウエア」はタッパー氏が創業者であることからもわかるように商標登録名であって、密閉保存容器全般を「タッパー」と呼ぶのは、「クレラップ」などのラップ類を「サランラップ」とつい呼んでしまうのと同じような間違いだ。
しかし間違いとはいえ、これほど名前が広く浸透しているのは、タッパーウエアが時代の先端を行っていたということだし、それだけで十分すぎるほどの偉業だろう。実際タッパーウエアは「漏れない容器」として、独特の販売方法と口コミだけで爆発的に広がり、私の子供の頃はタッパーウエア愛好会なるものが近所の主婦の間で作られ、「あら~奥さん!タッパーって知ってる?」ってな感じで声をかけられた母も、そのグループの一人に引っぱられるようにして会に参加し、自主的か半強制的か本人すら曖昧なうちに、何点か高価な容器を買って帰ってきてしまっていた。似たような販売方法でも、化粧品の時は買わずにいた財布の口の固い母が、である。
その日以来、私のお弁当箱は魔女っ子メグちゃんのアルミの弁当箱から、タッパーの密閉容器に変わった。ちょっとつまらない弁当箱だったし、蓋を開けるときに勢い余ってひっくり返さないようにしなくてはいけない怖さもあったけど、漏れない、臭わないという点は本当に素晴らしく、ランドセルの中がほんのりおかずの匂いや色がついてしまうようなことは、以後全くなくなった。結婚した時も、母からいくつかタッパーウエアを買ってもらったり、譲り受けたりしたが、今は他のメーカーの密閉容器を私は愛用して使わなくなってしまったものの、母を思い出す形見としてこれからも大切に残していくだろう。
次に私が出会ったキッチン用品ブランドは、ドイツのツヴィリングJ.A.ヘンケルスだ。結婚するまでは実家で母のする通り、菜切包丁や文化包丁、小出刃、柳刃包丁といった和包丁を使い分けて料理をしてきたが、結婚前に一人暮らしをしていた夫が先に新居に引っ越し、両刃の万能包丁を持ち込んだ。これが私にとって人生はじめての洋包丁である。
肉も魚も野菜もこれ1本でいいと得意げに言う未来の夫に、「こんないい加減な包丁でどうやって料理するの?」と本気で戸惑った。勝手が違いすぎたからだ。しかし、絶対慣れることはないと思っていたその万能包丁に、気づけばついつい手が伸びるようになっていて、半年後に出かけた新婚旅行先のドイツで、ツヴィリングJ.A.ヘンケルスの高価な万能包丁を一本購入してしまった。旅行会社の添乗員がゾーリンゲンへ向かう途中、ヘンケルスのブランドマークは人間の赤いマークで、1人のもの「ワンドール」と2人のもの「ツードール」があるが、「ツードール」のほうが品質が良いいんです、と教えてくれたからだ。
もちろん品質がいいというのはヘンケルス購入の決め手になったが、キッチン用品ブランドはタッパーしか知らなかった私は、第一印象としてこのマークが気に入った。いかにも「made in Germany」という質実剛健な感じがして。これがもしお花のマークとかだったら、たとえヘンケルスでも買ってなかっただろう。私のキッチン用品を選ぶ基準は、その当時から機能だけでなく「かっこいい」「プロっぽい」という見てくれも、かなり重要なポイントだったことわかる。
そして今現在、私が機能としてかなり高いポイントを付けているキッチン用品ブランドは、アメリカのOXOとオランダのブラバンシア、そして日本のiwakiだ。
OXOについては、日本でもちょっとしゃれたキッチングッズを扱っているお店で実際に手に取って見ることができるが、ブラバンシアはなかなかそうもいかない。ブラバンシアの日本公式サイトで日本に輸入している全商品を見ることができるが、ペダルビンと呼ばれるステンレス製のゴミ箱と、ブレッドビンと呼ばれるパンやジャムなどを保存しておくケース、ステンレスのかご、冷蔵庫や戸棚などにしまうものを整頓する整理ケースくらいしか台所用品では扱いがない。
もともとブラバンシアはそれほど多岐にわたった商品展開をしていないが、本国やヨーロッパの各国、近くは上海など、ブラバンシアの実店舗ではもっと多くの魅力的な商品が販売されている。ブラバンシアが目指すものとして掲げているものは「プロ仕様の家庭用品」というだけあって、一般家庭だけでなく90か国を超える国々の商業施設やホテル、公共施設などでも愛用されている機能美の秀逸品ばかりだ。「かっこいい」「プロっぽい」ものが好きな私が目をつけるのも無理からぬことだろう。
そんな愛しのブラバンシア、なぜ日本に実店舗がないんだ?中国上海にはあるのに。せめて東京にはあってもいいでしょう?東京が上海に負けるなんておかしいよ・・・。
私の欲しいものは日本に入ってきていないと日本公式サイトには言われ、イギリスに商品の問い合わせがてら、「日本にブラバンシアが来れば嬉しいんだけど・・・」と付け加えたほどだ。そんなことはオランダにするべきだったのにね。
いつか、きっといつか日本にも来てくれると願ってはいるが、それまで待っていられるかなぁ。
そんな矢先、東南アジア出張ばかりしている夫がめずらしくフィンランドへ出張になった。3日間しかフィンランドには滞在せず、そのあとタイへ移動するというハードスケジュールなのに、タイへのフライト待ちで半日空いていると言うので、フィンランドのブラバンシアへ行ってもらえないかと掛け合った。残念ながら現地へ行ってから日程的に難しくなり、その夢は叶えられなかった。
しかし日本に帰国後しばらくして、今度は中国上海に行くというので、それなら上海のブラバンシアになんとか行ってちょうだいと頼み込み、買い物リストと地図を渡した。フィンランドに引き続きかなり強引だけど、こうなったらもう執念だ。海外出張が多い夫に買い物を頼んだのはただ一度、マレーシアの「マンゴ一グミ」しかない控えめな妻なので(たぶん)、ここぞとばかり今回は頼んだ。
上海のブラバンシアは、海外ブランドが数多く入店している有名な巨大ショッピングモール内にあり、そこにたどり着いた夫は携帯で私と連絡をしながらお目当てのもの一つ買ってきてくれた。
他のものはなくて残念だったが、一番欲しい「ソルト&ペッパーミル」が2本買えたので大満足だ。ガラスのウインドーとブラックの上部蓋、つや消しステンレスの直線的ボディ。めっちゃかっこいいわあ!!
早速このブランバンシアをIwakiの密閉醤油差しや密閉オイル差しがずらりと並ぶ横に置いてみた。Iwakiもガラスのボディと黒いシリコンの口、つや消しステンレスの蓋を持った直線的な姿なので、趣向が似たこの2ブランドは国が違うとは思えないほどよく似合っている。いいね!すごく…と何度も眺めてしまう、用もないのに。
こうしてたった一つではあるけど、ブラバンシアが手に入った。あれほど欲しかったものが目の前にある。感激としか言いようがない。
キッチン用品はただの道具でしかないが、お気に入りの道具を手にするのは、私にとってダイヤモンドの指輪をもらうより何倍も嬉しい。
毎日手に取って使うものにこそ私はこだわる。ブラバンシアのミルは心の中で一人ガッツポーズをしたくなるような、内なる喜びをもたらしてくれた。
俄然、生活が楽しくなった。あとは料理の腕を上げるだけ・・・。