気に障る言葉(2)

昨年末から歯医者さん通いをしている。歯医者恐怖症の私は結構歯磨きを頑張ってきたつもりだったが、敵は親知らず。自分も知らず。上の奥歯のさらに奥から親知らずがその生える力で隣の永久歯を突き破って虫歯にしてしまった。
「若いね!」と7才年上の夫は笑ったが、そこで初めて「親知らずって親がいなくなった年にも生えてくるの?」と疑問が生まれた。
調べてみると、親知らずは別名「18歳臼歯」と呼ばれ、18歳から20歳くらいに生えてくるのだそうだ。しかし、親知らずは横や斜めに生えていて、その時期に生えてこないこともある、ともあり、まだ歯茎に埋まっていても歯がやわらかい20歳前後に、そして親知らずが隣の歯に悪さをするより前に抜歯した方がいい、と書いてあった。
下に親知らずがあって抜いた時も、上に親知らずがあると指摘された覚えがないし、虫歯もなかったことを思うと、この年になって埋まっていた親知らずが、私の知らぬ間にニョキニョキと生えてきたということなのか?
ともかく、歯医者の怖い私は「あごの骨を削る」「歯を割る」という親知らずの抜歯に、さらにこの年齢のリスクとして「抜歯に時間がかかる」「痛みや腫れが長引く」ということで怖いことこの上なしなんだが、永久歯の虫歯治療をしなくてはならないのだし、親知らずの抜歯は避けて通れないと腹をくくった。
この年になると、どの科に行っても自分よりご年配の先生に出会う確率より、同じくらいの年の先生かとても若い先生に出会うことが多くなる。
私の歯を治療してくださる担当医も比較的若い男の先生だった。背は高くないががっしりとした体形で、ちょっと長めのスポーツ刈り。柔道とかやっていそうなこの先生は柔和な話し方の優しい先生だった。痛がりの私がちょっと顔をしかめると、「大丈夫ですか?休みますか?」と聞いてくれるような温かく実直な先生である。
歯医者恐怖症の私でも、この先生が最後までみてくれるなら怖くない、と思って通院していた。しかし、あとちょっとで虫歯の治療が終わり、親知らずの抜歯に入るというこの3月になって、突然その先生は退職されると聞かされた。「次からは新しい先生に担当が変わります」と受付事務の人に言われ、驚愕と共に泣きべそをかきたくなるほどショックだった。
「仕方がないよね、先生も出世したんだね、きっと…。」そう思って気持ちを切り替えたが、「次の先生は優しいかなあ・・・」と子どものように心配していた。そして「できれば、あんまり若くてイケメン!みたいな先生はちょっと嫌だなあ…」とも思っていた。そこはこの年になってもオトメゴコロだよね。
オトメゴコロとはこの年で?と自分で笑っちゃうが、春のせいなのか、本当のオトメだったはるか昔を思い出す。
新学期のこの季節になると学校では健康診断が行われる。その日は朝から突然どこかの教室からガタガターッ、ゴーッ、ギーッ!と椅子を引いて一斉に立ち上がる音が授業中に響きわたり、あー健康診断で呼ばれたんだなとわかった。自分のクラスはいつ頃だろう、とソワソワした。
今の学校は健康診断の順番をどんなふうに知らせるのだろう。各クラスに備え付けられている呼び出し電話か、あるいは携帯で授業中の先生に電話するのかもしれない。
私の時代、私の学校では人力だった。健診が終わったばかりの別のクラスの子が、授業をしている隣のクラスを呼びにやって来る。控えめにノックし、ソロソロ~と引き戸を開けると、もうじき呼ばれると心の準備をしていたクラス全員の目が、先生の目が、一斉にその子に注がれる。
「5組の女子は健康診断の時間なので、他のクラスの授業の邪魔にならないように私語を謹んで、静かに体育館に来てください」と伝言ゲームのように伝えると、「授業中断!女子、行って来い」と先生が言う。「ガタガターッ」と女子だけが立ち上がると「おい、静かに立て。他のクラスが授業中だろ」と注意を受けて、今度は引いた椅子を静かに戻す。そして、しおらしく黙って教室を出ると、廊下でいつもの背の順に並び、声もなく体育館へ一列になって出発した。
しかし体育館に到着すると一変、途端ににぎやかになる。順番が来るまで体操着で一列に並んで待っているのだが、健診が終わった子たちが教室へ戻ろうと出てくるのをつかまえて一斉に聞くのだ。「ねえ、内科ってどんな先生?おじいちゃん先生?おじさん?結構若い?」と。
「ほら、静かに!女子、ピーチクパーチクうるさいぞ!!」と体育の男の先生などが注意すると、沸騰した湯に水を差したように一瞬静かになるのだが、数秒もたたないうちに今度は声を落として、次から次へやってくる別クラスの女の子たちをつかまえ、情報を聞き洩らした子たちが同じ質問をするのだ。
「ねえ、内科の先生っておじいちゃん先生だった?」
身長、体重、座高、視力検査、聴力検査、歯科検診など検診ブースがいくつもあるが、たしか内科だけは先生が2人か3人いらして、学校の先生の割り振りでこっちの先生、あっちの先生と内科健診を受ける直前で振り分けられる。だからある子は「おじさんだった」といい、またある子は「おじいちゃん先生だった」ということになる。1クラス50人くらいで1学年6、7クラスくらいあった時代だから、全校生徒をみるにはそれくらいの数の先生が必要だったんだね。今はどうなんだろう。
とにかくそんなわけで情報が錯綜し、「えっ?どっちなの、結局…」と騒ぎになり、体育の先生にまた注意されたりするのだが、しばらくしてちゃんと状況説明できるしっかりした子が現れると謎が解ける。
「今年は先生は2人。手前がおじいちゃん先生で、奥が結構若いよ」と。
「列を分けるのは○○先生。おじいちゃん先生に付いてる看護婦さんは結構怖い感じ。早めにブラ外しておかないと怒られるよ。でも体操服は脱がなくていいって。先生が中に聴診器を入れるだけだから平気」といった感じの実況中継を受けると、みんな状況がわかってほっとするのだ。そして前後の人と打ち合わせに入る。
「ねえ、どっち行く?」
「え、どっちがいい?」
「あたしはおじいちゃん先生がいいけど、そうするとそっちは若い方へ行っちゃうよね」
「でも○○先生が振り分けるんでしょ?うちらが選んだりできるかなあ」
「そうだよねえ、どうする?」
「まあ、その時は諦めよ。あたしはどっちでもいいよ。選べるようだったらそっちがおじいちゃん先生のとこ行きな」
おじいちゃん先生が人気なのは優しそうに見えるからではない。先生には大変申し訳ないが、このくらいの年齢の女子にとっておじいちゃん先生は「男」として対象外だからだ。たとえ嬉しくない内科健診であっても、しわくちゃでふっくらとした温かな手は癒しや安心感を与え、最後の背中からの聴診を終えると「はい、いいよ。お~しまい!」と言って背中を優しく叩くこの先生を、私たち女子は絶対の信頼をこめて「おじいちゃん先生」と呼んだ。
それに比べて先生の年齢が下がるほど女子にとっての「男度」は上がり、緊張感が増す。細長いきれいな指の先生だったりすると、恥じらいとともに危険信号も赤である。もちろん恋愛感情とかでは全くないのだが、本能的に何か「危険」を感じるのかもしれない。
そんなオトメゴコロを知った上でか知らずにか、体育館の入り口で生徒を監督している体育の男の先生は、健診の邪魔にならないよう控えめな声で何度も注意する。
「静かにしなさい!おい、後ろのやつにも注意しろ!こんなにうるさいのはこのクラスだけだぞ!」と。
そんな訳ない。どこのクラスの女子もこんなもんだろう。
こんな会話してるって内科の先生は知ってる?男子は知ってる?男子にとってはなんでもない健康診断でも、女子は本当に大変なのだ。
しかし、可愛げがない話だが、私はほとんど気にしない生徒だった。体育の先生が言うようにピーチクパーチクと情報集めや前後の友達とじゃんけんをして先生を決めている忙しい友達を眺めているだけだった。その頃私は、持病のせいで長年週一度整形外科に通い、毎回そこで上半身裸になっていたからだ。男のレントゲン技師がどれほど若くてもへっちゃらだった。ほんと可愛くないね。
うら若きオトメだったあの頃は内科健診にもレントゲン車にもピーチク言わなかった私だが、歯医者には少し抵抗がある。もともと歯医者恐怖症に加え、歯並びがよくないコンプレックスもあるからだ。それに口の中ってそんなに人に見せないよね。昔から上品な女の人は笑う時、口に手を添えてオホホ…とやるし、食べるときもちょっと手で口元を隠しながら上品に食べたりする。人前で大口開けてがつがつ食べたり、ガハハ…と笑ったりしたら「はしたない」と叱られる。そうやって幼い時から矯正されながら育ってきた女の人が、大きく口開けて治療を受けるって、あんまり得意な人いないんじゃないかな、コンプレックスがあろうがなかろうが…。
だから新しい先生になるという日、思ったのだ。「あんまり若くてイケメン!みたいな先生は嫌だなあ」って。この年になってちょっと可愛げが出たかしら。
「はい、こんにちは。僕がこれから担当になる○○と言います。」と挨拶しながらやってきたのは、イケメンかどうかはともかく若いお兄さん先生だった。マスクをしているのでルックスはわからないが、細身の体にヘアスタイルは「メンズノンノ」に載っていそうな緩くパーマをかけたやや茶髪。話し方も若いノリが隠せない「お兄チャン先生」という感じだ。
実直で落ち着きのある先生から一気に若返り、そのギャップに少々面食らったが、ついでにオトメゴコロも消え去ってしまった。ここまでくると息子同然。息子よりは実年齢でずっと上でも、私にとっての「男度」は急降下だ。きっと若い女の子なら全く違う見方になるんだろうし、そんなこと言われなくたって先生からしても私の年齢じゃあ「お母さん」だよね。完全に対象外だ。
でもそのおかげで、この若い先生になんの心理的躊躇も感じず、すんなり治療は始まった。
しかし、治療中気になって気になってしょうがない言葉があり、それがだんだん「気に障る」ようになり、不愉快にさえなってきた。それでも気に障る言葉は繰り返され、憮然とした気持ちになってきた私、腹立ちまぎれに、状況的にも立場的にも不満の言えない口を吠えるように大きく開けた。
その気になる言葉は「あ~なるほどね」だ。
その先生はこの言葉が口癖なのかもしれない。ただの独り言かもしれない。引き継ぎのカルテを見てから実際の治療が始まったということもあるだろう、と私も頭ではわかっている。
しかしだ。「あ~なるほどねっ⤴」「なるほど、なるほど…⤵」「そっかあ、なるほどねっ!⤴」「な~るほど、なるほど!⤵」といろんなバリエーションでこの「なるほど」を約1時間の治療中、耳がタコになるほど連発し続けるのにはうんざりさせられた。
何がなるほどなの?どうなってるっていう訳?なんか変なの?と頭の中で疑問と不安が駆け巡る。人前で大口なんて普通あけないおしとやかな女性がだよ、コンプレックスもある人がだよ、ライトで眩しい診療台で大口開けてるっているのに、「なるほど~」なんて何度も言われて不安にならない人いるかしら?
「なるほど」という言葉はそもそもは決して悪い言葉ではない。誰かと話していて相手が「なるほど」と言ってくれると、自分の話をしっかり聞いてくれていると安心するし、相談事をしている時に「なるほどね…」としんみり言われると、自分に同調してくれているようにも感じる。勉強で問題がわからないとき、じっくりその問題をみていた先生が「あーなるほど、ここで間違ったんだよ」と間違え始めた箇所を指摘してくれると、悩みを一気に解決してくれたスーパーマンみたいに見えて、「またわからないときはこの先生に聞こう!」という具合に信頼も生まれる。
言葉としてはとってもいい言葉なんだけど、この「なるほど」って言葉、不快にも感じるほど気に障る言葉になるのはなぜだろう。
「なるほど」という言葉は相手に同調したり、安心を与えたり、信頼を持たせたりするが、よく考えると言われた側からすれば、それらは全て相手から「受ける」ものだ。自分は話をきいてもらう側であり、安心を与えてもらう側であり、相手に頼りたい側となる。言われる側が「受ける側」となるなら、言う側は「与える側」となり、心理として弱者強者という図式が自動的に出来上がるように思う。
言う側にそんな気が全くなくても、この言葉を受ける側は、なんだか自分が相手より弱い立場に置かれたように感じるようになるだろう。まして、言う側が心のどこかで「与える」という気持ちを持って発すれば、それまであまり感じていなかった人まで、敏感に何かしらわだかまりを感じるようになる。
言う側と言われる側はシーソーのようにその都度立場が入れ替わるし、発する側のちょっとした心の動きによって、表には現れないような深いところで互いの関係性を弱者強者に分けてしまうような、とても繊細な言葉だと私は思う。
この繊細な言葉を、明らかに力関係がわかっている医師と患者の間で交わされたらどうなるだろう。歯医者だからまだいい。でもこれが何かの病気が疑われて病院へ行ったとしたら?難しい専門的なことを熟知している先生が、患者にはわからない何事かをじっと考えて発する「なるほどね…」は、疑問を解決する答えを言ってくれるならまだしも、ただこの言葉だけを一言言ったら、「どうなんでしょう…大丈夫でしょうか…」とならないだろうか。
おじいちゃん先生は「はい、いいよ。おしまい!」と言って温かな手で背中を叩いてくれた。健康に問題があると思っていない若い年であったけど、おじいちゃん先生のその言葉を聞くとやっぱり安心した。
心配になり、気に障りだし、腹まで立ってきそうな言葉は、目に見えて悪い言葉だとは限らない。心の持ちようでどんな言葉にも潜ませることができる。別に医者でなくても気を付けなくてはならないことだ。
私も「先生」のはしくれ。普段もそうだが、「先生の顔」となるときは特に心しよう。
スポンサーリンク
レクタングル(大)
レクタングル(大)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル(大)
コメントの入力は終了しました。